海老と夜桜

妹が海老をもらって帰ってきた。深海に住む珍しい海老らしく、網にひっかかっていたのを展示用に漁師さんからもらいうけてきたそうだが、死んでしまったので持って帰ってきたとのこと。半分は茹でて、半分は塩焼きにして食べる。台所に二人で立ち、出来上がったものからその場で立ったまま食べる。茹でた海老は汁気が多く、一滴もこぼさないよう用心してチュウチュウ吸いながら食べた。身は少し甘い。塩焼きのほうはとても香ばしく、頭まで食べることが出来た。髭も足もぽりぽり食べた。生きた海老を磨り潰し、海胆の中身をスプーンですくって食べる家族と、それを見て吐き気を催す少年の姿を思い出して恍惚とする。甲羅の尖った部分が指に刺さり、台所は砂漠のような熱気で、二人ともなんとなく熱にうかされたような感じ。
妹は以前、水族館の水槽の中の海老をこっそり食べたことがあるらしい。朝は見たときは生きていたそうだが、昼頃に見ると頭部がなくなって死んでいた。同じ水槽内にいる魚が食いちぎったのであろう。冷たい海に住む海老だったので水温は低いし、まだ新鮮だから、というのもあったようだが、なによりその頭のない海老がとてもおいしそうに見えたらしい。誰にも見つからないよう、掃除をするふりをしてこっそり海水で洗って食べたらとてもおいしかった、と言っていた。その話をする妹の目は妙に輝いていて、多少不気味でもあった。

夜、香椎宮に桜を見に行く。満開の桜は街灯に青白く照らされている。真っ暗な神社の中を歩いていると、わりと近くからラジオの音が聞こえてきてビクッとする。音のする方向を見ると、ベンチに一人の男性が座って、呆然とラジオを聴いているのだった。それから、杖の音をことりことりと立てながら、ゆっくりと神社の中を歩く白髪の老人。小さなお社も見落とすことなく注意深く歩いている。彼の後ろをこっそり歩き、小さな鳥居をいくつもくぐる。あらゆる生き物が狂ったように輝く季節の、死の匂いが漂う事象。今日は岡田史子の死を私が知った日でもある。
私の手の届かない、高いところにある桜の枝を、恋人に目の前まで持ってきてもらい、花を一つ、茎のところからぷちりと切る。そして髪に差して、落ちないように黒いピンで留める。人工の味しかしない黄色いジュースをずーずーと飲み、街を歩く。右の耳の上に差した花がゆらりゆらりと首を揺らす。私の指先は海老の生臭い死体の匂い。