本当は時速90キロで恋をする金魚の話が読みたい
☆
山のおくの谷あいに
きれいなお菓子の家がある
門の柱は飴ん棒
屋根の瓦はチョコレイト
左右の壁は麦落雁
踏む敷石がビスケット
あつく黄ろい鎧戸も
おせば零れるカステイラ
静かに午をしらせるは
金平糖の角時計
誰の家やら知らねども
月の夜更におとづれて
門の扉におぼろげな
二行の文字を読みゆけば
「ここにとまってよいものは
ふたおやのないこどもだけ。」
(「お菓子の家」西條八十)
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さいごにお母様をだいた。さいしょはお母様のひざにまたがりたくて、それから二階へいこう、といい、いっしょにねた。お母様のたいども少し冷せいに案じがおであったし、私も「先生にわるいね」といってよしたが、もう先生は心の中からきえていた。すっかりきえてそのかわり、私だけだった。おなかのあつい私。お母様は何ものでもなかった。ただ私のあそびの仲間だった。
(ユキの日記)
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白壁の家
裏庭の砕塊溶岩
未央柳・栗樹
晴天 曇天
季節の変貌さえも
僕等のいつかどこかでの
記憶であり
それは銀幕のように
忠実に映し出され、
僕等はその中に暮らしている
僕等にとって過去は
闌れた菫の残り香の印象である
(「Limonea Act 1」鳩山郁子)
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さて、きょうは、この鱒は墓が水中に納められるところをじっと見ている。水底からわずか数インチのところ、シャフトから十フィートほど離れた所で、ゆらゆらしている。
わたしは行って、川岸にしゃがみこんだ。鱒はわたしがそんな近くに現れたことを、ちっとも怖がらない。「堂々たる長老鱒」はわたしのほうを見た。
わたしのことがわかったらしい。だって、わたしのことを二、三分ほど、じっと見つめていたのだ。その後は、墓の作業、最後の飾り付け作業を見物するために、こちらに背を向けってしまった。
わたしは川辺のそこのところにしばらくいたが、小屋に戻るために立ち去ろうとすると、「堂々たる長老鱒」はまたこちらを向いて、わたしをじっと見つめた。わたしが行ってしまって、もう姿が見えなくなってしまってからも、かれはわたしをじっと見つめていた。と、わたしは思った。
(「西瓜糖の日々」ブローティガン)
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私は この後も
本当に このまま
死ぬんじゃないか
と思うと
ものすごく不安に
なったりしたけれども
大好きな映画や
青い空とか
広い草原のイメージや
死ぬのは嫌だと
言われたことなどを
思い出していると
だんだん気持ちよく
なってきて
幸せな気分になった
(「ピンクの液体」華倫変)
☆
けむりという名の子猫が死にました
お城の庭に埋めました
七年前の冬でした
春になって
グラジオラスの花の種をまこうとして
土を掘りおこしていると
出てきたのは小さな猫目石
キャッツアイはけむりの思い出
夜になると
母の宝石箱のなかで
大きなまばたきをするのです
かわいい子猫の
けむりの目玉!
お嫁にいくとき ついてきてね