暗箱

一昨日の夜、ウサギがとても興奮してブゥブゥ言いながら私の周りをすごいスピードで走り回っていた。きっとお嫁さんがほしいのだろうと思い、そっとウサギの前に手を出したけど目に入らないようだった。ウサギは性獣なので人の手に対しても躊躇なく白くて熱い愛を分泌する(倉橋由美子ふうに)のだが、私の手は気に入らなかったらしい。その数時間前に私たちは、小さな陳列棚に置かれた耳の垂れたウサギのぬいぐるみを少し気に入って撫で回していた。これをウサギのお嫁さんにしてあげたらどうだろうという話をしていたのだが、齧られてお腹から少し綿が飛び出て、ところどころカピカピになったぬいぐるみのことを想像するとなにやら陰鬱な気持ちになったので買うのをやめた。
結局そのぬいぐるみは丁寧に元の場所に戻され、私たちはジュースを片手にショッピングモールの中を歩き回り、レストランの食品サンプルを指で押したり行きかう人々をぼんやり眺めたりして時間を潰していたのだけど、誰もいない部屋の片隅で痙攣したように鼻をひくつかせだらしなく寝そべっているであろう、あの生き物のことが頭から離れなかった。私はいつもウサギの悲劇を想像してしまい、ドアを開ける度に生きていることに驚く。卑屈なまでに臆病な行動がいつも悲劇を喚起する。妙に人間じみて媚を売らんばかりの見た目と、あまりに空虚な魂のギャップにいつも驚く。昆虫に似た無機的な瞳にいつも何かしら疑いを抱いているのである。ミルクティーと同じ色をした柔らかい睫毛。その下にある塗りつぶされた漆黒の瞳の表面には、針の先程度の小さな穴が開けられており、私の姿は平坦なレンズを通して白い壁に逆さまに映し出される。ウサギの瞳の奥にあるものは虚ろなカメラ・オブスキュラであり、平面状になった白い脳みそに映し出された倒立する私の姿を見て誰か笑ってるやつがいる。