鵺に会った日

この間、猫が住んでいる美しい廃墟に行ったときのこと。今はもう人間は誰も住んでおらず、夏の濃厚な息を吐く植物に、建物中が侵食されかけていた。窓ガラスは全部割れており風通しもそれなりに良かったはずだけど、私は何やら息苦しくて押しつぶされそうだった。薄暗い一室では死んだ獣の上に光が落ちて、死体がちょうど半分になってしまっているのが分かる。怖いとか気持ち悪いとかそういう感情ではなく、妙に敬虔な気持ちになったわけでもなく、それでも何か毛が逆立つのを感じた。廃墟に住む猫は、近寄ると指の隙間を滑り落ちる水みたいにするりと逃げる。消えたと思った猫は、気がつくとまた視界の隅にいる。
そして、私はその建物の一室で、今までに見たことのない不思議な生き物を見たのである。それは猫でもなく、犬や狸や鹿や猪やその他、私の知っているあらゆる生き物のどれにも該当しなかった。逆光で真っ黒くなった顔をこちらへじっと向けて、草の中に立っていた。見たことのない姿をした生き物を前にして、私はしばらく固まってしまった。数秒後、それはぷいっと横を向きどこかへ小走りに去っていった。結局、その生き物を見たのは私と恋人だけで、生き物が立ち去った後も何事もなかったかのように植物が風にそよいでいたのだけど、その後の私は、風邪を引いたときみたいに自分で何を言ってるか分からないまま、ずっとおしゃべりが止まらなかった。見たことのない生き物。だけど、私はどこかでそれに会ったことがあるような気がする…。
うつらうつらしかけた車の中で、私は突然思い出した。その生き物は私にとても近い場所にずっといたのだ。冬の間、私の皮膚一枚を通して私の魂の傍らにずっといて、幾多の瞳はまばたきすることなく虚空を睨み付けていた。朝も昼も夜も、彼らは一度もまばたきをすることはなかったのである。

恋人の部屋のこたつの模様にあの生き物はそっくりだー。何これ。鵺?